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備忘録として [日々のこと]

うーん。トンボリ心中、出演者紹介の最中なんだけど備忘録的に、ちょこっとだけ。

◉日大アメフト選手・監督・コーチの衝撃会見で露呈した「問題の根源」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55811

この記事を読むと『日勤教育』を思いだします。あれです、JR福知山線脱線事故で運転手を追い詰めてたとされてたヤツです。

『日常的なハラスメントと人格否定を繰り返し、学生を異常な行動に追いやった』というくだり、まさに『日勤教育』を彷彿とさせるのです。

かつて「人格否定」が有効な教育や指導だった時代、というものがあったとしましょう。仮にね。では、「人格否定」に耐えられず【異常な行動】に追いやられるボクたちは、かつての若者たちより弱くなったんでしょうか?

(自分を若者扱いしてるのはさておき、ボクもそんな環境に置かれて「異常な行動」を取らずに済ませられるかは、はなはだ心許ない)

ボクはそうではないと、思います。「かつての若者」が生きた社会は今よりもっともっと無規範であったろうと思うのです。さらに言えば、江戸時代より、平安時代より、今の方が「規範」はずっとずっとしっかりしてる、、、、それは話を広げすぎか。

戦直後から立ち直る過程で、規範は形づくられ続けている。「かつての若者」が無規範であったというのではなく、周りを取り巻く環境が無規範だった。

そこに規範を形づくり、より誰もが生きやすい社会へと進んでいるんだと思う。まだまだ不完全なところはあるし、これからなところもある。ダメなところを挙げるとキリがない。でも、確実に進んでいるとボクは感じてる。

その規範が確立した中で生まれ育てば、「規範に対する遵守意識」は当然備わる。【誤った規範】でも、なんとか寄り添おうとしてしまう。

そこにつけこむヤツが出て来る。

「規範に対する遵守意識」があって困ることなんか思い当たらない。それは弱さではない。【人格否定に依って立つ規範】がそもそも間違いで、弱さと整理するのは間違っている。と、ボクは思う。
規範を遵守する強さを備えている。

JR西日本は脱線事故という大惨事がなければ、今でも『日勤教育』を続けていたんじゃないか? と思うことがある。あの時、日大は【人格否定が教育にも指導にもならない】ことを学ばなかった。そして、ひとつ躓けば大問題になることに気がつけなかった。

いや、ほんとは神戸製鋼の偽装してた人らは、姉歯問題のとき何を思てたんやろか? とか、ちょっと聞いてみたいことはいっぱいある。

「規範」が進化していることに気づけなかった。(姉歯問題はもっともっとヒドイ話だったけど)

そして、つけ込むヤツが出てくる。まあ、だいたいは内弁慶もいいとこなんで、逃げたら仕舞いなんだけど、逃げたくなかったり、その中での自己実現を夢見る人が食い物にされる。

ええから逃げなはれ、とは思うが、他人事すぎるかな。アメフト頑張りたいという思いを否定するこた出来ない。電車の運転手さんになりたいという夢を否定することはできない。実のところ、遠いところからでは、なんて声をかけたらいいのか分からない。


今回、加害者側の選手の会見は、新しい規範の礎になる予感がある。対して、日大の振る舞いは、特になにも生まない気がする。

事前の話は、たとえば『日勤教育』に学ばなかっただけだし、事後の話は、たとえば『雪印』に学ばなかっただけ。なんか、新しみが見つからない。ただただ、アホやなー、ヒドイなーと思う。

これを機会に、ああいうのが一掃されていってほしい。まあ、もはや改心とか期待しないんで退場しなはれ。あと、神戸製鋼を機会にデータ偽装とかやめなはれ。

あと20年もすりゃ、あの監督の年齢になってしまう自分も戒めておきたい。

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